2008-04-29(Tue)
料理嫌いの中国料理レシピ
中国留学中に舌で覚えた中国料理を自己流に再現。 本当は料理はもちろん家事全般苦手です。
2008-04-20(Sun)
アド街ック天国 春の熊谷
夕べのアド街ック天国で、熊谷をとりあげてました。
30年弱住んだ街、ふるさと熊谷です。
知ってる店、行ったことのある店、場所だけでなく、知らなかった店、新しくできた店、名所、合併で熊谷になった場所、いろいろありました。
いや、知らないことのほうが多かった。
故郷がなんだか遠くに感じます。
同じ県内なのに・・・
熊谷と言えば、去年最高気温更新で有名になった暑さ。
そして、その暑い夏の入り口で行われるうちわ祭り。
京都の修学旅行に行ったとき、祇園祭のお囃子の音を聞きましたが、同じ『祇園祭』の仲間でも、全然違うんです。
京都はさすがにおっとり静かに、おしとやかに、ちんとんしゃん。
熊谷のは、ガンガンドンドンピーヒャラ、うるさいほど。
合いの手に
「どーっこい!」
なんて掛け声入れたり。
女性のたたき手も増えたけど、勇壮な男の祭りって感じです。
7月20日から22日に行われるので、小中学生の頃は、終業式が終わると飛んで帰って山車を引っ張りに行きました。
引っ張ると、最後にアイスをもらえるんです。
22日の叩きあいの日は、10時ごろまでお祭りをやっているので、この日だけは夜更かしOK。
もちろん小さい頃は親と一緒に行きましたが、最後までいて、やはりアイスをもらいました。
アイスをもらうともう11時くらいになっているんですが。
最後のアイスを食べながら、名残を惜しんで、早く来年の7月にならないかなと思ったものです。
熊谷と言えば、もう一つ忘れてならないのが、10位に入っている
『熊谷次郎直実』
平敦盛を打たねばならない場面に遭遇し、世を儚んで出家した・・・
なんて、美談に言われてますけどねえ・・・
実は、土地争いで頼朝に不利な裁定を下されて、「やめたやめた」っていう感じで武士を辞めたらしい・・・という話は、高校時代国語の担当だった、うちわ祭りの神社の神主の先生から聞いた話。
とはいえ、直実と敦盛の対決はあったのでしょうねえ。
直実節の中に『青葉の笛』が挿入されていて、熊谷育ちなら誰でも踊れる曲です。
こうやって故郷のことを改めてテレビで紹介してもらうと、嬉しいのと寂しいのと混ざります。
もう熊谷に住んでいないために、雪くまみたいな新しい名物は、噂でしか知らないのが寂しい。
もう熊谷市民になることはないんだろうなあと。
こういうことを旦那に言うと、絶対怒るんですよね。
自分は子供時代あちこち転校するような生活で、はっきりした故郷が無いせいもあってヤキモチ妬くんです。
私だったら配偶者の故郷も自分の故郷と同じように大事に思うんだけどなあ・・・
今年の夏も、最高気温でも、祭りの暑さでも、盛り上がって欲しいなあ。
2008-04-13(Sun)
アジアンコモンセンス
最近の若者は、
1、職場で彼氏や彼女の話を聞かれもしないのにする
2、職場恋愛を隠さない
3、家族と住んでいる彼氏の家に泊まりに行く
などと、昭和の高度成長期に生まれたものからは、目が点になるような恋愛事情のようで。
バブルの頃には、お姉さんもこんな光景にはどぎまぎしたものですよ。
電車の中やホームで、チュッチュするカップル。
ヨーロッパの町の中なら絵になる光景でも、上野の鳩がポッポうるさいホームで、初めてこれを見たときは、ちがうっ!っと心の中で叫びました。
日本では、男女のことに限らず、奥ゆかしさが大事。
「秘め事」
というではありませんか。
さて。
遠く異朝をとぶらへば・・・
韓国のうら若き女性たちが、手をつないだり腕を組んだりしてショッピングする姿をテレビなどで見て、へえー、と思ったのは1980年代後半。
中国の軍服姿のボーイズが、手をつないだり腕を組んだりして、車の波をよけつつ大通りを渡る光景に目を奪われたのは、1990年代初め。
所替われば習いも替わるのでしょうなあ。
日本で、背広姿のボーイズたちが手をつないでいたら、相当やばいですから。
肩は組むかもしれませんがな。
2008-04-04(Fri)



