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Author:ゆとりしんご&仲間たち
上司のゆとりしんごくんにずっこけさせられてきたパートメンバーの日替わりランダム日記ですが、このたび上司が狸体形の田貫さんに代わり、装いも新たにガッツンガッツン攻めまくり。

ゆとりしんご…ゆとり世代の社員(26年春退職)
田貫さん…30代後半の社員(26年秋赴任,29年早春退職)
馬場さん…30代パート主婦、主に現場担当(28年春退職)
浅尾さん…50代パート主婦、主に事務担当
大崎さん…40代男性契約社員、27年夏異動してくる
木下くん…30代男性アルバイト、物静かだけど短気

このほかのイレギュラーメンバーも登場。
このブログは9割以上フィクションです。


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均等法以前を思い出す映画

10年に1~2本しか見ない映画を見てまいりました。
ドリーム

1961年、ソ連との宇宙にどっちが先に行くか競争の時期の、天才リケジョたちの実話をもとにした話です。

黒人であること、女性であること
の二つの差別に負けない主人公の3人の女性。

キャサリンは子どものころから数学の天才児で、小学校の先生が両親に、
「この子ほどの天才は立派な教育を受けさせたほうがいい」
と、引っ越し費用を先生たちで集めてまで飛び級での進学を勧める冒頭から、もううるっときました。

NASAで働くなかで、彼女は計算の正確さや速さを見込まれてケビンコスナー扮するボス、ハリソンさんのいる重要な部署へ異動しますが、黒人で女性ということで、白人の男性社会に受け入れてもらえません。
「何しに来たの?」という目で見られ、掃除のおばちゃんに間違われる始末。
どうせたいしたことはできないだろうという偏見や、機密事項を漏らされたら大変という疑いなどで、大事なところを黒く塗りつぶした書類を渡され、検算するように、今日中に!と、まるで意地悪されているよう。

そもそも白人しか働けない重要部署なので、その建物には「白人用」という女性トイレしかなく、もよおすたびに何百メートルも離れた「非白人用」というトイレに駆け込む毎日。
それでも時間が惜しいので計算途中の書類を抱えて走ります。
ある日ハリソンさんが、毎日なん十分も席を外す彼女を不審に思い問いただすと、こらえていたものが噴出してしまいます。
近くのトイレに入れないこと、真珠のアクセサリーしか身に着けてはいけないと言われてもそれすら買えない程度の給料しかもらえていないこと、黒人である自分のコーヒーポットを誰も触らないこと…などまくしたてます。
周りの男性たちは後ろめたさ半分、仕方ないだろうという冷ややかさ半分で見ている中、ハリソンさんは合理的な考え方の持ち主だったんですね。
有能な人間なら、人種も性別も関係ないとばかり、トイレの「白人用」の看板をハンマーでたたき壊します。

徐々に重要な計算を任されるようになりますが、宇宙飛行士を宇宙に送って、戻す、その際の減速の位置、角度の計算を実際は彼女が全部やっているのに「補助」でしか扱ってもらえません。
刻一刻と変わる状況を直接会議に出てすぐに計算に起こしたいと訴え、ついに会議室に入れてもらえます。
同僚の男性職員があいまいな答えしか言えない質問に、彼女はささっと明確な回答を黒板に書いて見せます。
その場にいた宇宙飛行士のグレンは、彼女をすぐさま信頼します。

一方、黒人理系女性たちのまとめ役のドロシーは、管理職という肩書もそれなりの給料もないのに、責任だけは押し付けられ、白人女性のボスに訴えてもみますがなかなかとりあってもらえません。
そんな中新しく入ったIBMコンピュータを動かせる人材が白人男性たちにはいなくて、ハリソンさんたち上層部は人材探しをします。
もともと機械いじりが得意なドロシーは図書館に行って「白人用」の棚にしかないプログラミングの本を強引に借りてFORTRANの勉強を始めます。
そして後輩のリケジョたちにも、仕事を奪われたくなかったら勉強しなさい、と一緒にコンピュータを学びます。
彼女たちがIBMを動かして計算させていることに、白人男性たちは驚きます。

もう一人メアリーは、エンジニアとして花形部署に抜擢されユダヤ人男性上司から期待されてはいるものの、上級資格を持っていないとやっぱり働けないことになりそうです。
ですがその資格を取るには、白人専門の学校で学ぶしかありません。
裁判所に訴えて、前例がないという判事に「前例を作ることが後世へ残すあなたの仕事」みたいなずしんと来ることを言って、やっと入学許可を得ます。
仕事のあとの夜学で、白人男性の奇異の視線を身に受けながらやり通し資格を得ます。

3人とも有能な人物だったから成功したわけですが、その陰にはものすごい努力と熱意があったと思うのです。
差別されてもくすぶっていないで、今自分にできる最善を尽くす。
少しでも指が引っ掛かりそうなでっぱりに手が触れたら体をぐいと持ち上げてよじ登る。

そして、人種や性別や努力ではどうにもできないことで人を見ないで、人物を見てくれるほんの一握りの男性。


今の日本では、女性も男性と同じように仕事も給料も役職も得ることができるでしょう。
一応能力が同じならそうしなきゃいけないことになっていますから。

でも、均等法以前は、女性は職場の花。
お茶くみとコピー取りと電話取次。

ブスの私は、花にはなれっこなく、仕事をするしかありませんでした。
来る日も来る日も図面の手直し。当時はパソコン仕事はありません。パソコンがありませんから。
男性社員の書いた図面なので、私のハンコを押す場所はなく、私の存在は図面の上にはありません。
幸いなことに私の所属する技術部は、割と合理的な集団で、地道に誠実に働いているうちに、手が足りなければ私が最初から図面を起こし、リーダーに確認してもらって上司のOKをもらうにあたり、「製図」のマスにハンコをつかせてもらえるようになりました。
社内監査役に、工場見学をしたことがないので、図面に書いている用語の意味が実感できないのは不都合だから見学させてくださいと直訴すると実現しました。
そのうち、顧客との打ち合わせにも行くため名刺を作ってもらい、営業、工場、技術の3者会議にも出席を許され、宿泊出張もさせてもらえるように。
私たち以前は、女性に名刺はなく、宿泊出張どころか、何駅か先の顧客の会社に行って打ち合わせなんていうのもなく、ただひたすら社内で制服を着て男性社員の補助。
「(行くの面倒くさいから)地下の倉庫に書類を取ってきて」
と見え見えの依頼をされる同期もいました。

私は声をあげました。
部内組織表を作るときに私の名前の横にある「補助」という肩書を消してくださいと。
責任をもって仕事をしたいからと。
当時の上司は面白がる人で、消してくれたのです。
自分で言った以上責任をもって仕事しなくては。

地道に働いて、時に声をあげて、待遇がよくなったらそれに伴う責任を果たすべくもっと地道に働いて…
NASAで道を切り開いていった3人のリケジョに比べたら、とりあえず人種差別だけはないし、まったく何にもしてない私ですが、なんとなく昔を思い出しました。
コンピュータのない中、紙とペンと計算機で計算したことも含めて。

そして、今まさに
「仕事を失いたくなかったら勉強する」
そんな状況で働いています。
社員だったら定年まで10年切りました。
でもパートだから社員の定年は適用されません。
そのかわり、切れる人間は若くても切られる。

人類の夢、宇宙への道を切り開くプロジェクトでなくてはならなかった3人の黒人女性たち。
彼女だちの夢、差別のないアメリカへの道は、まだ途中のようですね。
それが残念。日本もですけどね。

それにしても、あいかわらずケビンコスナーはかっこいい。
逆境でも下を向いてぐずぐず悩んで落ち込んでいないで、顔を上げて前を見て未来を見つめて歩かなくちゃ。



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コメント

均等法以前

私も均等法施行前に就職しました。
正社員として雇われたのに、ミニスカートはいて銀座でビラ配りさせられたり、社長就任のパーティで受付をやらされた上にビール瓶を渡されて「皆さんにお酌してきて」と、無料コンパニオンやらされたり。
仕事はむちゃむちゃ忙しくて、毎日終電近くまで残業してるのに、ですよ!
さらには、「いいわねぇ~、若い人は。パーティに呼んでもらえて、仕事さぼれて」などと言うお局さまもいたりして。
女の敵は女ってことも、身をもって知りました。
宴会には強制参加。脂ぎったおじさんに肩を抱かれて「銀座の恋の物語」なんて歌ったりもしました。今なら完全にセクハラでアウトです。

そんな中、私は戦ったのかな? と、浅尾さんの文書を読んで思いました。
いやいや戦いはこれからだ。お互い頑張りましょ。
2017-10-12 10:21 梅前佐紀子 #- URL [ 編集 ]

Re: 均等法以前

梅前さま コメントありがとうございます。
均等法以前の就職は、今ではあり得ない出来事のアソートバラエティーでしたね。

ミニスカートはいて銀座でビラ配り
社長就任のパーティで受付
ビール瓶を渡されて「皆さんにお酌してきて」と、無料コンパニオン

「女性をなんだと思ってんだ!」待遇ですね。


私の職場には幸い面倒なちょっと年上のお局さまはみんな早期退職で追い払った後だったんでその点は楽でした。
鉄鋼不景気の真っただ中、退職金上乗せするから女子社員含めて辞めていいよ、の誘いに先輩たち乗ってごっそりいなくなりました。
当時はすぐに再就職もありましたからね。

> 宴会には強制参加。脂ぎったおじさんに肩を抱かれて「銀座の恋の物語」なんて歌ったりもしました。今なら完全にセクハラでアウトです。

歌った、歌った!
私進んでマイクを握って。
今考えるとセクハラまがいなことでも、当時は嫌じゃなくやってたかな。

女性ということもそうですが、マイノリティーの生きづらさを考えさせられました。
テレビで大々的に宣伝している映画にはないいい映画でした。

2017-11-03 10:52 浅尾 #- URL [ 編集 ]

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