フランス文学による中国の歴史を日本語で読む

2008年09月13日 21:55




20代の頃、原百代さんの「武則天」という歴史小説を読み、日本で「則天武后」として知られているいわゆる中国の「3大悪女」の一人の生涯を知りました。

小説だから創作もあるでしょうが、だからと言ってまったくの作り話ではなく、原女史は、中国の歴史資料を読み漁り、できるだけ真実の姿を伝えようとこの本を書かれたようです。


歴史の時間にちょこっと習っただけの則天武后という女性のイメージは、まさに悪女。
この長大な小説のおかげで、歴史認識がまったく変わってしまいました。


則天武后は、本当はすごい政治家なのではないの?





あれから20年。

中国では、則天武后の評価が変わってきているという話しをときどき目にします。



まず、皇帝になったのかならなかったのか。

男社会の中国の中で女が皇帝になることが耐えられなかった人々が、皇帝としての彼女の存在を消した、ということらしいです。


さらに、情け容赦ない悪女だったのか。

これはかなりおもしろおかしく作り話が伝承されていたらしく、多少はすさまじい行動もしたようですが、実際は外敵との戦争を減らし、国を富ませ、人々の生活を豊かにした「名君」と言ってもいいかもしれない治世だったそうです。



女帝わが名は則天武后

この本を、図書館のフランス文学の棚で見つけました。
なぜフランス文学?

作者は中国人の女性ですが、10代のときフランスへ留学し、フランスで作家活動をしている山颯(ShanSa)さん。


この方もまた歴史書を丹念に調べたそうです。
そして、この本は、山颯さんが則天武后に成り代わって一人称で書いているという形式をとっています。
きっとのりうつったんですね。

「私の変わりに書いて。私の誤解を晴らして。」

という感じでしょうか。



今まで読んだフランス文学にありがちな、用言を多重の用言が形容するまどろっこしい表現も無く、人物名も既に頭に入っているものが多いので、すんなり物語の世界に入っていけました。
まるで自分が則天武后になったかのような一体感すら感じます。


まだ途中でして、太宗皇帝が死に、後の則天武后こと「武才人」ら後宮の女たちが尼寺に行くことになるあたりです。


原百代版「武則天」と、山颯版「女帝わが名は則天武后」の、共通のエピソードはきっと事実なんでしょう。
違っているところは、創作もあるのでしょう。
そういうことも楽しみの一つです。


あまりスポットを浴びることの無い中国の女帝。
私にとっては仕事のモチベーションをあげるのにかつてお世話になったこともあるとっておきの人物なのです。





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